お役立ちコラム

浸水想定区域の再評価と、既存ビルにおける電気設備の水害対策について

近年、激甚化する気象災害を受け、水防法に基づく「洪水浸水想定区域」の見直しが全国的に進められています。東京圏においても、想定最大規模の降雨を前提としたハザードマップの改定が順次行われており、これまで浸水リスクが低いとされていたエリアが新たに区域指定されるケースや、想定浸水深が大幅に引き上げられるケースが相次いでいます。

浸水被害において、建物の致命傷となるのが「電気設備の水没」です。受変電設備(キュービクル)や配電盤が地下や1階にある場合、一度浸水すれば全館停電となり、エレベーター、給水ポンプ、通信設備などあらゆる機能が停止します。本稿では、法令の現在地を整理するとともに、既存の賃貸マンションやオフィスビルにおいて現実的に取り得る水害対策について解説します。

法令要件と物理的リスクの切り分け

まず実務において注意すべきは、「法令による要求」と「物理的な実害への備え」を明確に切り分けて判断することです。

水防法の改正に伴い、浸水想定区域内に所在し、かつ各自治体の地域防災計画に定められた施設のオーナーには、「避難確保計画の作成」や「避難訓練の実施」が義務付けられます。しかし、これはあくまで人的被害を防ぐためのソフト面の対策(法令対応)であり、法令が「電気設備を上層階へ移設せよ」と直接的に物理的な工事を強制しているわけではありません。

設備改修の判断は、ハザードマップの更新という事実のみを理由に急ぐのではなく、実際の浸水リスク(地形、過去の水害履歴、内水氾濫の可能性)と、改修に伴う莫大なコストの現実をシビアに天秤にかけて行う必要があります。

既存ビルにおける「設備の上層階移設」の高い壁

水害対策の理想論として「電気設備の上層階・屋上への移設」が挙げられることが少なくありません。しかし、既存ビルにおいてこれを実行するのは極めて困難です。

テナントや入居者の生活動線があるから、という理由以上に、物理的および財務的な壁が立ちはだかります。地下や1階にある受変電設備を屋上に移設する場合、数千万円規模の莫大な改修費用が発生します。さらに、重量物であるキュービクルを屋上に設置するための建物の構造計算のやり直しや躯体補強、幹線ケーブルの引き直しなど、大規模な工事が不可避となります。

これに伴い、数週間から数ヶ月に及ぶ工期と、それに伴う長期間の全館停電(建物の完全な機能停止)が発生するため、既存の建物を運用しながら実施する選択肢としては、到底現実的とは言えません。

大規模修繕・設備更新の枠内で実施可能な現実的対策

上記を踏まえ、既存建物の運用を継続しながら実施できる水害対策は、現状の設備配置を維持したまま「水から守る」局所的な防御策に絞られます。建物の劣化状況に基づき、必要な工事だけを過不足なく抽出する大規模修繕のタイミングで 、以下のような対策を組み込むことが有効です。

  • 止水板・防水扉の設置

    電気室の出入口や、建物1階のエントランス等に、脱着式または起伏式の止水板を設置します。また、電気室の既存スチールドアを水密性の高い防水扉へ改修することで、室内への水の侵入を物理的に遅延させます。

  • 配管・ケーブル貫通部の止水処理

    地下外壁や電気室の壁面を貫通するケーブルラックや配管の隙間は、水の侵入経路となります。経年劣化で痩せたパテを撤去し、耐水性の高い専用の止水材で充填し直すことで、隣室からの漏水を防ぎます。

  • 屋外設備の基礎嵩上げ

    屋上や地上平面に設置されている空調室外機や小規模なキュービクルについて、設備自体の更新時期に合わせてコンクリート基礎を数十分嵩上げします。これは設備更新と同時であれば、追加のコストを比較的抑えて実施可能です。

これらの改修工事を行う際も、資材搬入や一時的な停電・騒音が発生します。テレワークが定着し、平日日中であっても在宅している入居者が多い現在の環境下では、クレームや退去リスクを防ぐための緻密な進行管理と告知体制が不可欠です

自然災害への備えは、ゼロリスクを求めれば際限なくコストが膨張します。更新されたハザードマップで自社物件の正確な現在地を把握した上で、避難計画等の法令対応を確実に済ませつつ、物理的な対策は「現実的な予算と工期で建物の致命傷(全館停電)を防ぐ」という実務的な視点に徹した線引きが求められます。

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